中学3年の秋

休みの日が続いて
何もすることが無くなり
15歳のあたしはひたすらゴロゴロしていた

家族はそれぞれの用事があり
家にはあたし以外誰もいなかった

3人兄弟のあたしは
ひとりあそびがヘタで

本当にすることが見つけられず
かといってじっとしているのも苦手

ゴロゴロ、ウロウロしていた

*

とうとうすることが見つからないまま
こういう日はやけに時間がゆっくりすぎていき

ようやく夕方になってきたころ
ふと夕日を見ようと玄関から靴を持ってきて屋上に行った

家には小さな中庭があって
屋上に繋がる階段があるのだ

急いで上ったのに夕日にはまだ少し早く
まだかまだかとぐるぐる回ってみたり
下の道路を見下ろして車や人を眺めたりしたが
それもすぐに飽きてしまい、またブラブラしていると

屋上の奥にある2つのプレハブが目に飛び込んできて
何となくプレハブが気になった

トコトコと歩いていって、カーテンのかかった
右のプレハブの小さなドアノブに手を伸ばした

*

2つのプレハブは両親のもの

左のプレハブは父のもので

昔使っていたらしい変わったギターや
名前は知らない大きな楽器に
集めたたくさんのレコードなどが置いてある

右は母のプレハブ

美術学校に通っていた頃からの油絵が
たくさん置いてある
好きなアーティストのポスターも少し貼ってある

母のプレハブの中は
油絵の具のにおいでくらくらする
それが少し苦手だったけど

その頃レコードに興味はなく
楽器も弾けないし
父のプレハブはなんだか
シンプルでつまらない気がしていた

飾りみたいなドアをかしゃっと開けると
予想通り、油絵の具のにおいがツンとした

それに予想以上の数の絵の具のついたキャンバスが
ところ狭しと並べられていた

お絵かきが大好きだったあたしは心が弾んでいた

これは今も思うことだが、母はセンスがいいなぁと思う
というより、母のセンスが大好きだ

お気に入りのこげ茶の木の椅子に
おそろいの木の机
その引き出しの中は本がたくさん入っていて
(母は推理小説も好きらしい)
おいしい珈琲を淹れてくれ
注がれるコーヒーカップも綺麗な模様だ
一緒にお茶をしに、いろんなお店に連れていってくれた
弟にばれるとだだをこねるからと、
内緒で2人で行くのもすごく嬉しかった

母のフラワーアレンジはどれも素敵だし
ランダムに積み重なったキャンバスも
適当な無造作加減も

とても魅力的だと思った

しばらく絵を眺めていると
かしゃっとドアが開いて
母が入ってきた

『あら?どうしたの』と

「暇だから遊びにきた」というと

いつものように笑って
母は油絵の話を始めた

あたしは知っている
こうなったら母の話はとまらないのだ

油絵の話から大学時代の話になる
母は大学時代の話が大好きだ

おもしろい講師のこと
変わった友達のこと
助手をしたときのこと

そしてまた通いたいと言う

あたしはニコニコしながら話を聞いていた

内容は同じなんだけれど
何度聞いても面白いからだ

今でも母は油絵を出品している
あたしはもちろんどの絵も好き

内緒でこっそり展示会を見に行ったこともある
母は風景画が好きで木やビル、お気に入りの置物などを
よく描くから、すぐわかる

そして話の途中、
そういえばこの前
大学時代のスケッチブックが出てきた、と言って

あたしに見せてくれた

それは初めて見る鉛筆デッサンで

あたしは釘付けになってしまった

どうしてこんなに立体的になるんだろう?とか
まるで動いてるみたい!どうやったら自分も描ける?と

すぐにあたしも絵が描きたい!描けるようになるかと聞いた

美術大学に通って
たくさん絵を描き続けてきた母の絵に

すごく夢中になり
あたしはその気になった

基本も描き方も知らなかったけれど
母が教えてくれたことをなんとなくやってみて

思いきり描きたいように
絵を描いた

ある日、鉛筆デッサンばかりだから、と
ペンで絵を描こうと思いついて

筆箱に入っていた
極細のペンを持ち出して

描く対象を探しに庭に行った

木の破片が目にとまり、絵描きになりきって描き始めた
物心ついた頃からずっとそこにあった
今まであまり気にしたことすらなかったのに

今までよく見ていなかったものに目を向ける
いい機会にもなっていた

絵を描くのに時間がかかって
気がつくともう暗くなっていた

少しずつ描いていくと
重ねるごとにどんどんペンの”あじ”がでて
(ただ濃くなるだけの様な気もした)

描いている時はとにかく楽しくて真剣
すごく自由な気分だった

*

中学生は素直で純粋、そしてまっすぐだ
みんなを見てよくそう感じていた

これを絵に描きたいと何度か思ったが
結局1枚もそれについての絵は描かずじまいだ

気がつくと
描いた絵は数えきれない程たくさんになり
どの絵もいろんな記憶と一緒に、手放せない宝物になった

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